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2011-03-03 Thu 16:44
海外のサイトでHappy News.com というのがあります。
明るくなったり、希望が持てたりするニュースばかりを集めたニュースサイトみたいな感じです。 このサイトのモットーの一部を適当に和訳(超訳?)すると 「私たちは美徳、善意や勇気に満ちた記事こそが最もホットなニュースだと信じています。 だからこそ私たちは、精神を向上させ人生を刺激するような最新の記事を配信し続けています。」 もちろん、明るい話題ばかり追い求めて現実に世界で起こっていることに目をつむってしまうのはいけないですが、暗いニュースばかりが取り上げられるような時代なので、こういうサイトがあることはとてもいいことだと思います。 何事もバランスが大事ですよね。 ちなみに、英語版しかありません。 でもどうせ英語の勉強するなら、明るい記事を読むことを通しての方が好きなので僕はよく利用しています。 http://happynews.com/index.aspx 文章が短くなったので、この文章を書いているときにふと思い出したRascal Flattsの"My Wish"という歌を載せておきます。サビの和訳はまたしても僕の超訳ですので、正確かどうかはわかりません(笑)。 日本ではあまりなさそうなストレートな歌詞だと思います。 というか、Rascal Flattsの歌はかなりこんな感じの歌詞のものがたくさんあります。 海外の歌手で唯一何年も聴き続けているグループです。 というか、あまり詳しくないのでたまたま知ったこの歌手しかわからないのです。。 「僕の、君への願いは、この人生が君の望むその通りのものとなりますように 君が大きな夢を持ち続け、心配が小さいままでありますように 君は君が抱えられる以上のものを決して抱え続ける必要はないんだ 君が外に出て世の中にあり、たどり着こうとしている場所を目指しているときでも、 誰かが君を愛していて、僕と同じことを願っているということを君には知ってほしいのです そう、それが僕の願い」 今日も立ち寄ってくださりありがとうございました。 |
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2011-02-23 Wed 15:58
昨晩、自宅で「インヴィクタス」という映画を観ました。
ネルソン・マンデラと南アフリカのラグビーチームのお話です。 20年以上もアパルトヘイトと闘って20年以上も投獄されていたマンデラが解放され、大統領になった後から物語がスタートします。 差別を乗り越えて国を一つにまとめるために、マンデラは自ら模範となる生き方を取っていきます。 最初は反目しあっていた彼の周りの黒人、白人も含めた国民みんなが南アフリカのラグビー代表チームが自国開催のワールドカップで奇跡の躍進を遂げて、最強のニュージーランドオールブラックスを延長の末破って優勝する最後のシーンはすごく感動しました。 下は映画でも大きく取り上げられていた、ネルソン・マンデラの長い獄中生活でくじけそうになったときも彼を支え続けた詩です。 私を覆う漆黒の夜 鉄格子にひそむ奈落の闇 私はあらゆる神に感謝する 我が魂が征服されぬことを 無惨な状況においてさえ 私はひるみも叫びもしなかった 運命に打ちのめされ 血を流しても 決して屈服はしない 激しい怒りと涙の彼方に 恐ろしい死が浮かび上がる だが、長きにわたる脅しを受けてなお 私は何ひとつ恐れはしない 門がいかに狭かろうと いかなる罰に苦しめられようと 私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官なのだ イギリスの詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーのものだそうです。 自分にひどい仕打ちをした人たちを率先して赦し、自分の味方に変えていく。 そんなネルソン・マンデラの生き方に触れられる映画だと思います。 映画の最後はマンデラが 「私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官なのだ」 とつぶやいて終わるところも素敵でした。 あと、最後のスタッフロールに流れる曲は平原綾香さんの「Jupiter」と同じ原曲を使ったものでした。 とても良かったので、下にインヴィクタスのPVと一緒にyoutubeのものを載せておきます。 それでは、今日も最後までおつきあいありがとうございました。 |
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2011-02-21 Mon 10:48
失敗を祝福しなさい。例え1000回失敗したとしても、もう一度挑むのだ。
私は人生でたくさんの過ちを犯した。しかし、よく聞きなさい、これらの過ち無しでは今の私は無かったのだ。それゆえに、自分の犯した過ちに満足している。 私の言葉を誤解しないで欲しい、過ちを犯せと言っているのではない。自分の犯した過ちによって意気消沈するなと言っているのだ。 失敗を気にするな。失敗は必然であり、人生を彩るものだ。失敗の無い人生など考えられないだろう? 苦闘の無い人生など生きるに値しない。 そんな人生の何処に詩があるのだ?苦闘や過ちを気にするな。 嘘をつく牛など聞いた事が無い。しかし、牛は牛に過ぎず、人では無い。だから失敗を気にするな。 失敗や過ちこそが私たちの教師である。過ちを犯す者にのみ真実への道は開かれる。 スワミ・ヴィヴェーカーナンダという方の言葉らしいです。 ヨガの先生がツイッターで書いていたので知りました。 僕はローターアクトクラブというロータリークラブの支援の下で活動する青少年プログラムみたいなのに所属していて、ボランティア活動を含めて動いています。 以前、東京にいたときに、東京のロータリークラブの方が 「とにかく、正しいと思ったことなら僕たちを説得して行動してください。 君たちは若いんだから失敗して当たり前。 だから極端な話、ローターアクトクラブを失敗する機会にしてもらってかまわない。 僕たちが大きく軌道から逸れないようにサポートするから、とにかく若い力で僕たちを驚かすような立派で積極的な活動をしようとがんばってください。 ただし、もし失敗したときでもそこから必ず教訓を得て、自分の将来に役立ててください。 そのためのローターアクトだと思う。」 と言っていただいて、とても感動したことを思い出しました。 できるかできないかも、まずやってみなければ分からないし、失敗をすれば次は同じ失敗をしないようにすればいいだけ、先に進める。簡単なこと。 そう考えれば、もう少し毎日踏み込んだ生き方ができるかもしれません。 そんなことを昨日、ヴィヴェーカナンダさんの言葉を知って考えました。 今日も最後までおつきあいありがとうございました。 |
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2011-02-06 Sun 19:59
岩波新書の「ソクラテスの弁明・クリトン」を読みました。
これは、ソクラテスが知識人等に議論をふっかけ続けた結果、不当な形で訴えられた時の裁判時の答弁と、死刑前日に脱獄を勧めたクリトンとのやりとりをまとめたものです。 書いたのはプラトンです。 ソクラテスは、哲学が研究されだした時の初期重要人物ではあるけれど、「無知の知」(知恵者と評判の人物に比べて自分は、自身の知識が完全ではない事に気がついている、言い換えれば無知である事を知っている点において、知恵者と自認する相手より僅かに優れている)ということを言ったのが主な功績で、自身による著書もなく一大哲学大系を構築した人物ではなかったと聞いたことがあります。 確かにそうかもしれませんが、たとえ訴えられようが自身の正しさ・良心(ダイモン)を確信して堂々と裁判の場で弁舌をふるい続けたこと、死刑を宣告されたときも 「しかしもう去るべき時が来た---- 私は死ぬために、諸君は生きながらえるために。もっとも我らのうちのいづれがいっそう良き運命に出逢うか、それは神より他に誰も知るものはいない。」 と去っていったことは、読んでいてとても印象的でした。 クリトンから脱獄を勧められた時も、自分が国法を犯すわけにはいかない、ここで国法を犯すことは自分が良心に従い続けた裁判での行いの価値を損なう行為であるとして、平然と毒杯を飲み干して亡くなったそうです。 「単に生きるのではなく、善く生きる」意志を貫き、亡命するという不正をおこなうよりも、死を恐れずに殉ずる道を選んだ。 ソクラテスが、現代までもその名を歴史に刻んでいるのは、多くの人が彼の生き方に惹かれるから、という理由もあるのではないかなと個人的には思います。 なかなか自分の良心を命を懸けてまで貫くことはできません。妥協しなければならないときも仕事をしていたりするとありますし、対人関係を円滑にするためにも折れることもあるかと思います。 だからこそ、ソクラテスの生き方に見られる「激しさ?」は読者の気持ちを揺さぶるのかもしれません。 そんな読後感想を持ちました。 全然関係無いのですが、最近たむらぱんという歌手を大注目しています。 メロディーが独特ですごくいいですし、歌詞も素晴らしいです。 歌のタイトルの付け方もちょっと不思議ですね。 また、お時間があるときにでも。。。 それでは、今日もありがとうございました。 |
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2011-01-27 Thu 17:29
カエサルのガリア戦記を読みました。
カエサルとはローマ帝国の基礎を築いた方で、「賽は投げられた」という言葉も有名ですよね。 文筆家としてもとても有名で、モンテーニュも「最も明晰な,最も雄弁な,最も真摯な歴史家」としているほどです(僕はモンテーニュを名前ぐらいしか知らないのですが笑)。 塩野七生さんの小説が好きで、塩野さんが最もいい男と言っておられたので興味はありましたので、この機会に読んでみました。 このガリア戦記は、カエサルが軍を率いてガリア(今のフランス辺り)に遠征に行った時の記録です。 ラテン散文の傑作と言われているのですが、日本語訳では100%その良さを感じれなかったかもしれません(もちろん日本語でも十分素晴らしいんですが)。 かといって、このためにラテン語勉強するのはちょっときついかな。 ガリア戦記の文章は元老院(今でいう議会のような感じ?)への戦況報告のような形で書かれているので、カエサルの感情が文章の前面に出てくるのではなく、淡々と出来事やそれへの対応、ガリア等の文化分析が書かれている印象でした。 読んでいくと、軍団の編成などで役職を越えた越権行為をしているんですが、それまでさらっと書かれていたりします。 カエサルにとってガリア遠征は飛躍の大きなきっかけになりましたが、カエサルの反対勢力ももちろんいましたし、その正当性も含めて政府を説得するためにもあえて私情を余り交えない文章になったのかなと思います。 淡々と書かれていますが、アレシアの戦いという、ガリアの軍が立てこもる街を包囲するローマ軍がさらにガリアの大部隊に包囲された状態での戦い(内からも外からも攻められるということです)といった過酷な戦闘までさらっと書かれており、それが逆に行間から自分で状況を想像させるような感じで、読み手に対して文面以上に説得力が持たされているような感じがしました。 「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。」 という言葉を残すカエサルですので、いかに自分以外の利害を異にしている人々に、自分が利を得るような現実を見せられるかということを本気で考えて書かれた書物なんじゃないかなと思います。 このように、徹底してリアリスティックに、リスクを取った行動をしていけたカエサルはやっぱり天才だったんだろうな。 カエサルの映画があるみたいで、アレシアの戦いの映像がありました。 観てもごちゃごちゃしてて何が起こっているのかよくわかりませんでしたが、お時間があれば雰囲気を知る程度でご覧下さい(笑) 浅学な僕の勝手なカエサル分析なので、変なことを書いているかもしれませんがご容赦ください。 今日も最後まで読んで下さりありがとうございました。 |
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