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2009-07-03 Fri 21:49
以前、新聞のコラム(?)かなにか忘れたのですが、僕がとてもよく読ませて頂いている作家である北方謙三さんが
「読書は心の中に街を作ってくれる」 といった趣旨のことを述べていました。 さらに続けて、 「心の街は、本を読むたびに広がっていく。最初は同じような本ばかり読んで、似たような団地が建ち並ぶだけの街かもしれない。 一軒家かもしれない。 それでもいい。 それでも続ける。 次第に道ができ、カフェや花屋が建ち並ぶ。 心の中の街で、いつしか豊かな生活が営まれていく。 心の中に「アナザーワールド」を作るということだ。 そこが自分のよりどころとなる。 心の中の街が、あなたの「人間の力」を大きくしてくれる。」 これは、一度に10冊ぐらい並行して本を読んでる僕には(最後まで読み切るのは2割ぐらいですが笑)、まさに我が意を得たり、ぐらいの言葉です。 この言葉を知ってからは、 五輪書を読んでは 「武蔵さんがうちの街に一人転居したかも」 とか、いろいろ妄想して楽しんでます(笑) 今や、僕の頭の中の街には奇人変人がうようよしてる気がします。 今読んでいる本の一冊「天才!成功する人々の法則」(マルコム・グラッドヴェル、勝間和代訳)の中に、「一万時間の法則」というものが紹介されています(検索したら結構な数がヒットしたので有名な法則なのかもしれません)。 これはつまり、世間で天才と言われている人や、スポーツで第一線のトッププレイヤーとその他を分けているのは(もちろん才能もあるのだが)、一万時間ぐらい研鑽を積んだか否か、というのが大きなターニングポイントになっているというものです。 一万時間。。。 一万時間ぐらい読書でもヨガでも継続すれば、確かに何か質的な面から大きく変わるかもしれません。 ちなみに、「一万時間の法則」と関連して、同書によると、多くのスポーツ(本の中ではアイスホッケーやサッカーなどが実例で紹介されてました)のトッププレイヤーは特定の誕生月に集中していることがわかりました。 その理由は、年齢別に分けてのチーム編成などをする際に、その誕生月の人が最も遅生まれの人たちより半年以上長く生きていたため、特に成長期ぐらいにはその差が決定的な体格差などとして出てしまったことが理由。 やはり、スポーツだと体格が大きい方が、才能があると考えられがち。 一度そういう評価がつくと、才能があると考えられた人たちは英才教育を施され、ますます「一万時間の法則」に従い練習量に差が出て、結果的に本当にトップ選手として成長すると考えられる。 といったことが述べられています。 スポーツだけでなくモーツァルトやビートルズのような音楽関係、はたまたビル・ゲイツのようにビジネスで成功する人も、タイミングよく世界でも先駆けてPCを触れる環境にいたとか、そういう才能だけではなく環境にも恵まれている場合が多いそうです。 生まれる月なんて自分では選べられないし、やはり「運も実力のうち」という格言は少なからず当たっているのでしょう。 だとすると、 「自分の実力で乗り切る」 じゃない。 「今自分がいる環境をいかに上手に活用できるか。」 つまり周りの環境と自分のしたいことをどうすればうまくマッチングして環境を味方につけるかということを、もっと真剣に考えた方がいいのかもしれないな、と感じました。 もちろん、できる限りの努力はしてですけどね。 そんなわけで、今日もお付き合いありがとうございました。 明日も、みなさんが素晴らし一日を過ごせますように。 Bye〜☆ |
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2009-06-30 Tue 13:54
アメリカの保健福祉省(とでも訳すのか)が、公式なヨガ月間を今年の9月に設けたらしいです。
以下、Yoga journal HPから引用。 This September will mark the first official National Yoga Month designated by the Department of Health & Human Services. National Yoga Month was developed to raise awareness of yoga's health benefits and provide people with guidance and tools to improve their well-being. Organizers are calling on the yoga community, particularly yoga teachers and studios, to help through hosting events and offering free classes and donation classes that help support the cause. 日本でも、もっとヨガが普及したらいいなと思います。 これが、そのサイト↓ http://www.yogamonth.org/ |
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2009-06-22 Mon 16:13
瞑想法で、ろうそくをじっと見つめる方法があります。
僕も、やったことなかったんですが、この前、WSにて初めてトライしました。 とても、集中できたし、良い経験になりました。 でも、 「なんでろうそくを見つめることで、気持がぶれないで瞑想に集中できるようになりやすいのだろう」 ろうそくみたいにふらふら炎が不規則に揺れていたら、逆に落ち着かなくならないだろうか、と思いませんか? 僕は思いました。 ろうそくの炎とは反対に、大木みたいに、「どーん」と目の前に大きな存在感を持ったものと向き合ったら、気持が落ち着いたというのはわかりやすいですけど。 なんでか。 別に理由がわかったからどうということはないのですが、ちょっと考察。 大木のような大きな存在と対峙して気持が落ち着くのは、きっとそれは、赤ちゃんがお母さんを求めるような、そんな感じなんだと思います。 よく、母なる自然とかいう表現も聞きますしね。 そんで、ろうそく。 ろうそくの炎は、本当に繊細です。 人が横を通っただけで消えかけたりします(WSでは、冷房のおかげで危うく消えかけました)。 静止せず、常にゆらゆら。ほとんど揺らがなくなったと思ったら、突然炎が大きくなったり、小さくなったり。 またゆらゆら。 この炎、何かに似ていると思ったら、人の気持ちに似ていると気づきました。 思いっきり落ち込んだり、些細なことに動揺したり、翌日にはケロッと元気になったり。 そんな炎を見つめているとき、そこに自分を無意識のうちに投影してたりして。 炎を通して、自分を客観視する。 揺れていれば、揺れている状態をじっと見つめる。 マイナスの気分になったときは、それを否定せずに、その気分をじっと見つめて味わうというのは、瞑想法でよく言われてることですし、それと同じ感じがします。 最初から、何のツールもなく、自分の気持ちを観察するのはとても難しいですが、それをろうそく(投影された自分)を僕たちが日ごろしている「見る」という行為を通して行うことは、より簡単なのかもしれません。 だからこそ、ろうそくは古今東西様々な精神的な場に使われてきたのかもね、と思いました。 今日は、最後に「ろうそく」つながりで、KOKIAの「こころのろうそく」を紹介して終わります(我ながら恥ずかしいぐらいの宣伝っぷり笑)。 この歌は、去年の12月26日にあった京都コンサートのラストに歌われた曲で、とても印象に残っています。 ちなみに、この映像はその時のコンサートのものなので、カメラの外に僕がいます。 当然、映されませんでした。 それでは、皆さんがますます繁栄しますように。 Bye |
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2009-06-16 Tue 18:41
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