2007-05

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修破離

お久しぶりです。

幸運にも、これまで何度か世に言う"成功者"の方々とお話したり、仕事を見せてもらったりする機会に恵まれました。
でも、誰も性格や信条は共通したものを持ってませんでした。
社交的で明るい方もいれば、その逆の方も。。。(笑)

そんで結論。
1億人いれば1億通りの成功がある

だからって、他人の人生哲学が役に立たないかといえば、そうでもない。
だって、自分が一体本当はどんなことができて、どんな人生が自分にとって理想的かなんて普通の人はわからないから。


(修)だから、最初は尊敬できる人を見つけてその人のファンになる。そして、「その人ならどう考えるか、感じるか」を意識しながらとりあえず最低1ヶ月ぐらい過ごしてみたらいいのかな、て思います。

(破)1ヵ月ぐらいしたら、この価値観はしっくりくるけど、ここの部分は自分には合わない、という所が出てくるかもしれません。

(離)そうしたら、合わない部分はまた別の人を参考にしたり、自分なりにオリジナルのものを作ったりする。

この修破離のサイクルを繰り返して、自分なりの人生スタイルを形作っていくのが、遠回りなようで近道なのかもと最近思います。

僕の場合は現在、アメリカでお世話になったヨシダグループの吉田さんを(修)の部分で参考にさしてもらってます。

でもやっぱり、吉田さんは僕の年齢の頃にはすでにアメリカで極貧生活(笑)を経験し、その後空手道場を開き、もうすぐ結婚という状況であったのに対し、僕は大学院での勉強に少ない脳みそを捻ってる生活といったように全く違う人生です。
だから、もうちょっとしたら(破)にぶつかり、(離)を考えなければならないでしょう。
でも、こうしていくことによって自分オリジナルの素晴らしい人生ができていくんだと信じます。

なんか偉そうな文章になってしまいましたね(汗)。
実は僕自身も、ここに書きながら頭の中を整理したりしてます。

実際、僕自身これまで他の人にとっては簡単なことを達成するにも、人並み以上の時間と努力を要してきました。
何をするにしても成果がでるのが遅いんですね。
だからこんなにのんびり構えて(修)(破)(離)とか言ってたら、理想的な人生を実現する前に老衰して天からのお迎えを待つばかり、みたいな事になるんじゃないだろうかという不安を毎日感じてます。

ただ、ここで中途で易きに流れて妥協すると後で絶対に後悔するのがわかってるのでもう続けるしかない(笑)
もしかしたら、僕は人1倍精神的に弱いのかもしれません。
弱いから、自分の気持ちがぶれないようにいろいろ考える。
そういえば吉田さん、言葉の端々で僕の精神的なぶれに気づいてることを匂わせてました(あえて確認はしませんでしたが)。
「ここ(ポートランド)にいる間に、人生について何か大切なものを掴んで帰ってほしい。」
と言っておられたし。

僕はポートランドで何を得たんでしょうね。。。 
10年後にはわかるかもしれません。
なぜかって?

apple社を創業したスティーブ・ジョブズがこう言っていたからです

> もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。
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コウモリの教訓

~中南米の洞窟に集団で生息する吸血コウモリは、夜間だけ行動し他の動物に食いついて流れ出る血を吸う。この血が彼らの唯一の食料である。十分な吸血に成功する個体がいる一方で、一晩中かかっても満足な収穫がないまま洞窟に帰らざるを得ない個体もある。
 吸血コウモリは代謝速度が速く、飢えが2晩以上続くと死ぬ。洞窟内で吸血コウモリの生態を密かに観察すると不思議な行動がわかった。吸血に成功した個体がその血を吐き戻し、エサにありつけなかった個体に分け与えているのである。ここで重要なのポイントは、コウモリは「余剰」を分配しているのではなく、自分にとってもぎりぎりの栄養を、あえて分けている点である。つまり、自らの生存がおびやかされるリスクを覚悟の上で、今夜、飢え死にするかもしれない仲間を救い、明日また別のチャンスがめぐってくることに賭けているのだ。次の夜には彼が獲物を得、その血を誰かに与えるかもしれない。~

これは、雑誌「ソトコト」6月号で青山学院大学教授の福岡伸一さんが書いたものです。
丁度この前、大学で利己主義・利他主義に関して勉強してて、果たして人間とは利他主義だとどうやって他人に説明できるだろうかと悩んでいました。
なぜかというと、僕にとって「人間はみんな利己主義」説はあまりに味気ないし、受け入れたくもない説だったから。
そんなわけで、僕にとってタイムリーな記事だった。

利己主義とは読んで字の如く、ヒトとは自分の利益が最大になるように行動する、というもの。
だから、利己主義の立場から見れば極端な話、マザー・テレサも自己満足のために行動していた、ということになる。
僕は利己主義のベースになっているものに、「自然界は弱肉強食の世界である」という価値観が入っていると思う。
弱肉強食の世界で生き残るためには、自分自身の損得に敏感な利己主義が自然と主流になる。

でもこのコウモリの話を見ていたら、自然には利他的な面が間違いなくあると思った。
そういえば、なんで渡り鳥がV字型に飛ぶかっていうと、先頭を飛ぶ鳥が空気抵抗を一身に受けて後続の鳥が疲れないようにするためだ、という話をどこかで聞いたことがある(もちろん先頭は交代制)。
これが仮に、体力のある鳥が
「お前らのペースになんかあわせられるか!お先~」
とか言いながら1羽で飛んでいけば、やっぱり途中で力尽きて海の藻屑になるのではないだろうか。。。
鳥やコウモリでさえ助け合うのである。
それどころか、コウモリの場合は完全な利他主義。
いわんや人間をや。

要するに何が言いたいかというと、”他者のために”という感情は偽善でもなんでもなく、普通の人間ならば自然に湧き出てくるものなんじゃないかということ。人間も動物なんだから。
たまにボランティアをやってる人を見て
「俺は偽善はきらいなんだよ」
とか言ってる人を見るが、”自然界は意外と利他的”説を採用すると、そんな人は生き物としての器が小さいだけ、ということでバッサリ切ってしまうことができる(笑)

こういうわけで、僕は人間とは利他的な生き物なんだという結論に行き着きました。
そんなわけで、僕も何かボランティア活動でも始めようかな。







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    これまでのご縁で、医療・会計・統計はある程度勉強しています(現在も勉強中)。
    現在は統計分析も仕事でしています。
    趣味はヨガと読書(ジャンル問わず)。
    ここで書く内容は、日々思ったことを整理して書いています。
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