2018-02

自分の定義づけ

自分の大恩人でメンターだった方が、統計学を詳しくなるにはまず数学の基礎、そして数学史をしっかり学べと言われたことがあります。
 なぜなら、数式の意味を本当に理解するためには、それに取り組んだ人の想いや努力を知らないと、その価値や数学という学問の中での位置づけがわからないからです。
 自分はまだまだ勉強中で、とてもではないですが理解したとは言えませんし、長い道のりです。

 本題に入りますが、学問でさえ(言い方に語弊があるかもしれません)本当に理解するためには歴史や根本にまで踏み込まないといけない。 
 自分を知るとは本来はもっと難しいのではないでしょうか。

 自分らしく生きると安易に言われていますが、そのためには、自分とは何か、と本当は深く深く踏み込まないといけない。

自分とは何か。家族構成や学歴、職業、国籍、性別がよく使われます。 でもこういうのは、全部他の人がいる社会だからこそ成り立つもので、もし職業は転職すれば変わるし、国籍だって宇宙人が出てきたら、僕たちは日本人じゃなくて地球人となるでしょう。
 結局、自分以外の他者がいることによって定義されるものばかり。

 瞑想によって真我がわかるという本もありますが、これだって本当に相対的な自分から抜け出しているかというと疑問です。
「これが真我だ」と決めている自分は誰なのでしょうか。うまく言えませんが、自分の中の自分という相対的存在が決めているのではないでしょうか。

 結局、どこまで言ってもこの世という世界軸に生きる僕たちは、相対的存在からは抜けられないと個人的に考えています。
 
 ただ、これは悪いことではなく、むしろ相対的自分という霧のようなもやもやしている自分だからこそ、自分がありたいように、好きなように自分自身を定義してしまえばいいのです。
 
「あんたが俺のことをマヌケだと思っていようが、そんなの関係ないね。 これは、どっしりとしていて落ち着いていると言うんだ」といった感じでしょうか。
 これにも、色々とコツがあるようですし、自分を押し通すあまり、他の方の迷惑を顧みずとなってしまってはいけない。
このバランスをどのように取っていけばいいのでしょうか。 
 
 長くなるので、今日はここまで。
 このことは、これからももっと考えていきたいです。
 ありがとうございました。
 
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テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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